パチンコは今後どうなっていくのか?20兆円産業の落としどころ!



このところ、パチンコをめぐる話題に事欠かず

時代の流れなのか(変わり目なのか)…パチンコを取り巻く環境は厳しく

大きく揺れ動いている状況にあるのは間違いない様です。


パチンコの古き良き時代を知る、元パチンコファンとしては、

今後の動向に注目したいところです。




パチンコ人口はピーク時の3000万人(1995年)から現在1000万人と

この20年で3分の1にまで減少してしまっています。


一つに、若者がスマホゲーム等に流れて、客離れが加速している状況があります。


一つは、「検定時と異なるクギの台が導入されている」という事を発端として始まった問題ですが

今年(2016年)の12月までにマックス機の撤去を警察が通達したことでどうやらまた

玉虫色の決着の様です。



更に、内閣府の消費者委員会が「三店方式※1 は違法賭博罪に該当」

との方針を打ち出したことなどもあります。

これはスマホゲームに対する意見書として出されたものだが

これがパチンコ業界にも思わぬ波紋を及ぼした。

これは「三店方式」の政府見解は「買取り事業者の第三者性」が担保されていれば

問題ないだったが、今回は一歩踏み込んで「利用者が換金を目的としてゲームを

利用しているかどうか」というプレイヤー側の利用目的も問われ、その内容次第では

「賭博罪に該当する可能性が高くなる」とまで意見しているわけです。

これはもう、パチンコに於いて利用者が換金目的でゲームしているのは明らかなため

パチンコの「三店方式」は賭博罪が成立すると云う事になります。

今までこうした踏み込んだ意見が出てこなかったのが不思議なくらいです。


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※https://encryptedtbn3.gstatic.com/imagesq=tbn:ANd9GcRZZfOhlnvsrguEujdUkGaYpkICP0SYtwQalks6Io1xbHS7HOuTより引用


初期のころ※2 は、2坪ぐらいのこじんまりした店で 立ったまま一発づつ手打ちで

入賞口めがけて打ち込んで、タバコやお菓子の交換でも満足していた。

そんな長閑な時期もあったのです。


やがて電動の発射式※3 になって、羽根物と云えば平和のゼロタイガー※4(1981年)

が開発され 大当たり一回につき 羽根が18回開閉する、10カウント※5 はついて

いなかったので一個でも多く弾を拾わせようとしたのが懐かしく思い出されます。


また同じく平和の羽物ラドン8(1982年)賞球はオール13

これは10カウント は付いていたが、このころは少額(2~3千円)で一日中

楽しむことが出来た。


正に羽根物全盛期であった1990年代前後はセブン機もあったし、一発台もあって

多様性があって パチンコで 楽しく遊べた 本当に良い時代だったわけです!




その後、羽根物も始動口の賞球を少なくして、ラウンド数を15Rにするなどしてから

お客が少額で店で遊べることは無くなった。


このころから、パチンコホールが鉄火場となって行った頃であった。


パチンコは自己責任において

自分の月の小遣いの範囲内(収入の1割ぐらい)で

1日楽しく遊戯する場所である、というのは理想論であったはずです。


当初のパチンコ(遊戯)から時代とともに変わってきたのかもしれません。


それは何故かというとパチンコ屋というのは遊び場でなくなって

(全国どこにでもあり手軽に行ける賭博場)になってしまったからなのです。


そのため ギャンブル依存症になり 勤労意欲の喪失による

借金をしてまでパチンコにのめり込む悪循環に陥ることもあり 

老人の年金や生活保護者の保護費を吸い上げていたりもする。

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パチンコ屋に関する問題点は?

いまだに脱税の疑いが多くあり、パチンコ店の経営者の殆どが在日韓国人・朝鮮人で

占められていて韓国・朝鮮へパチンコマネーが流れて、日本国の為にはならない事に

使われているとの指摘も後を絶たないわけです。


世界の潮流は賭博と云えばカジノが主流で 世界120ヶ国以上で合法化されている

手軽な賭博のパチンコは 日本だけの曖昧文化の産物となってます。


そうした世界の常識に鑑み、日本のパチンコも見直す時期にあるのかもしれません。


自民党のカジノ推進派議員の間では2020年の東京オリンピックに向けて

カジノをパチンコに変わる新たな文化として認知させたいという意向も見えます。




日本国政府は多額の借金を抱えて、不足分の財源を20兆円産業のパチンコか

カジノから徴収して早期に税収を確保したい考えで


今後も財源確保のための 様々な動きが続くと思われます。


※1   1961年 三店方式の基となる仕組みが大阪で生まれ、広まる。

     三店方式とは → パチンコのみに認められている、景品の換金システム
     
     パチンコは  → 風営法では「遊戯」のため出玉の換金は賭博にあたるが
              
              50年以上お咎めなしで20兆円産業になってきた。


※2   1980年代までは手打ち式の発射方式の小規模の店が残っていた。
   

※3   1972年、電動式ハンドルが認可されるたが

     1980年にセブン機の先駆けであるドラム機をSANKYOが開発。

     「三共フィーバー」「ゼロタイガー」の導入以降、電動式が主流になり

    、手打ち式のパチンコ台が急速に無くなっていった。


※4   ゼロタイガー仕様  継続 回数 最高8R   賞球数 13


※5   昭和60年(1985年)より「10カウント規制」が入った。

  大当たり1ラウンド中に10個入ると、羽根が閉まるようにした。

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